2008年04月 月刊今日の論談3月号
前京都市会議員 村山 祥栄
「政治家として筋を通せたことに感謝」これからも「京都市」に命を賭けて
論談社
村山さんは、先の京都市長選で、庁内候補を担ぐ与党相乗り構図は、「民意なき選挙」と批判して立候補。8万4千余票を獲得する善戦ぶりで、「共産対非共産」という京都政界の従来の潮流に一石を投じ、新風を吹き込みました。
しかし、意表を突いた「想定外」の出馬であっただけに、巷では「次期国政選挙への布石では」といった風評が渦巻いているようですが、真相は如何でしょうか。「敗軍の将」となった今、語り辛い点もあると思いますが、敢えてお伺いします。
村山 祥栄
「次は府議会に出でるのでは、いや衆議院に出るのでは、名前を売るために出たのでは」といった話がいっぱいありますが、そんな気があるのなら、初めから出馬などしていません。「市民がアカンと言っているものはアカン」。出馬の全てはここあります。私は、原点回帰主義者なので、民主主義とは何か、という原点に立ち返った時に、市民が求めていない選挙をやるほど民主主義でないものはない。初めから押し付けの選挙であってはいけない。同じやるなら市民が求めている選挙をということでした。
論談社
市民が求めている声とは、どんなものでしたか。
村山 祥栄
まず一番は、行政の中から候補者を出したらアカンという声です。
京都市職員の不祥事が続発して、行政に対する市民の危機感は、非常に強いものがありました。本来ならば、市長選は、教育とか福祉、環境問題といった政策が争点となってしかるべきですが、不祥事改革が前面に浮かび上がってきました。それ自体無茶苦茶な話で、それだけ、行政マンに対する信頼が失われていたと思います。だから、庁内候補であった門川大作さんという個人そのものを問題にしたのではなくて、今は市役所の中の人間ではダメですよ、いうことです。
もう一つは、選択肢のある選挙をちゃんとやって欲しいということです。
何時までも「共産対非共産」という選挙構図でいいのですかと。実際問題として、選択肢が二択しかないというのでは、政治の意志は、ほとんど反映されない。何時かそこから脱却しなければならないし、脱却できる時期だと思っていました。
論談社
選挙結果は、共産陣営が当選した相乗りの門川氏にわずか951票差にまで肉薄するという際どい戦いでした。京都では、やはり与党相乗り構造が必要との意識が温存されたのではないでしょうか。
村山 祥栄
「やっぱり二極しかない」という意識は残ったと思いますし、逆に、共産党に対して「まだまだやれるのでは」と息を吹き返すようなことをしてしまった。このシナリオは、想定外の最悪の結果でした。
問題は、投票率の落ち込みにありますが、今回、自分が三極目になれなかったことが投票率を上げられなかった最大の要因だと反省しています。
論談社
話を戻しますが、初めから三極になっていれば出馬していなかったのですか。
村山 祥栄
庁内候補だけではダメですが、三極で庁外候補になっていれば、選択肢があるわけですから、出ていません。
少なくとも去年の秋口、門川氏の名前が出るまでの段階では、各党の議員の間では「庁内か庁外か」の議論がもっぱらでした。それは「市民の声」を強く意識した議論のはずでしたが、何時しか庁内候補での相乗りに収束していきました。
その過程に対して、僕の中で、呑み込み切れないものがありました。「これでは筋が通らない」と思ったのです。
論談社
筋が違うというだけの話で、市会議員の地位を捨てるというのは、相当な勇気がいったでしょうね。
村山 祥栄
昨年の11月から12月頃にかけて、毎晩眠られないほど苦しみました。筋の通らないこの選挙を黙って容認していいものかと、生まれて初めて真剣に悩みました。
しかし、政党に所属もしていない自分には、自分の政治信条を逆向きにするような理由もないし、そんな器用なことはできない。基本がぶれるから政治がおかしくなり、市民の政治に対する信頼感を失っていく。政治家になった自分にできることは、筋を通してぶれないこと。ここで逃げたら、自分の存在価値そのものがなくなってしまう。政治家であれば、この流れに呑み込まれなければならない時もあるのかな、と悩み続けました。
残念ながら、今回選挙では落選しましたけれど、政治家としての筋を通させていただいたことがありがたく、それに感謝しています。
論談社
村山さんは、昨年末に『京都・同和「裏」行政』なる著作を出版されました。京都市の「同和事業」の実態を浮き彫りにするとともに、それと密接に絡んだ職員不祥事問題にメスを入れられましたが、出版の動機は何でしたか。
村山 祥栄
この問題を何時か、徹底的に取り上げたいと時期を窺っていましたが、市議会の中で変えるのは、とても不可能だったので、テレビや新聞を使って問題を提起し、世論を盛り上げ、市長選候補者のマニフェストに否が応でもぶち込ませるならば、この問題は絶対前に進むことができると思いました。
当時、自分が市長選に出馬するとは考えていなかったので、間違っても自分が出るために仕組んだものではありません。飽くまでもマニフェストに取り入れざるを得なくなるまでに、世論を煽り、ムードを盛り上げること。それが出版の狙いであり、戦略でした。
論談社
新市長に就任した門川氏も、選挙戦を通して同和問題の早期解決に言及しており、その意味では、著作で同和問題の実態を暴いた村山さんの今回の戦略は的中、大変な効果を挙げたのではないでしょうか。
村山 祥栄
自分で言うことではありませんが、確かにあの本が出てから、各陣営は、マスコミやテレビの前で、同和問題の解決について、これまでにない踏み込んだ発言をし、共産党陣営からも、コミセン問題を取り上げたいと接触を求めてきました。勿論会っちゃいませんが。そうした意味からすれば、効を奏して「良かったかな」と思います。
論談社
門川新市長の改革の行方については、どう見ていますか。
村山 祥栄
基本的には、庁内出身市長では、自浄作用が充分に働かないため、根本的な改革は難しいと思っています。もし、できるというなら、とっくに実現しているはずです。
とは言いながらも、門川さんは、市役所の中では改革派でやってきた人であり、教育委員会では、確かに多くの問題を解決してきています。しかし、まだまだ踏み込みが足りません。自分の言ってきたことを実現してくれるならば、誰が市長になっても同じこと。是非、市民の期待に応えていただきたい。率直にそう思っています。
論談社
これから何を目指して行かれますか。
村山 祥栄
私にとっては、まず京都市ありきです。故郷・京都市に対して、命を賭けてもいいという想いは変わりませんし、京都府も国政でもありません。自分にできる仕事は、京都市会議員か京都市長しかない、ということです。
論談社
京都市をどのようにして行きたいのですか。
村山 祥栄
京都市には、確かに立派な寺社仏閣など文化財と言われるような財産がいっぱいありますが、究極的には、財産とは、すべて人だと思っています。
市役所にとって財産は、職員です。この財産を生かし切れていないところにすべての問題があります。市職員が生き甲斐を持って本当に真剣になって仕事に取り組んでくれるならば、京都市は劇的に変わるだろうと思います。職員は、やり切る力を十二分に持っていますが、ただ、その環境整備ができていないのです。
論談社
職員の労働環境をはじめ、人事考課なども抜本的な見直しが必要でしょうね。
村山 祥栄
まず職員がフル稼働をできるまともな労働環境をつくること。
夏でも冬でも午後5時半になれば、機械的に冷暖房を切るようなことでは、働けといっても無理な話ですし、職員の不祥事が選挙の争点になるようでは、話にもなりません。自分の職場、自分の仕事に誇りを持てないで、いい仕事などできない。彼らが胸を張って京都市の職員だと名乗ることができ、「父ちゃんは市役所で働いている」と、子供が自慢するような環境になった時、行政は変わるでしょう。
だから、ダメな職員は全部切らないと、いい職員が伸びない。仕事をしない職員に高い給料を払い、仕事をする職員を安月給のままで働かせているようなことがあってはならない。減点主義ではダメです。それでは、いい人材は集まりません。職員が活躍できるように、これまでのぬるま湯的な風土を根底からひっくり返し、正しいと思う方向をどんどん進めていく。そのためには、遠慮も何も要らないということです。
仕事をしたいと思っている情熱を持った職員にとっては、こんないい話はないと思いますけどね。
