2003年4月14日の項
仕方が無いでは始まらない
2002年9月30日リクルート社退職。事務所と呼べるような代物ではない築年不明の貸家。そして、思い切って発注した10万枚の名刺とビラ。そして、あちこちから分けてもらった事務所備品達。それだけ。人は一人もいない。
身内の反対を押し切り「誰かがやらなければならない」というある種の使命感だけで再び故郷左京に帰ってきた。こんな選挙がしたいイメージだけで、何も無い。はっきり言って不安。すでに、新人候補も含め活動が活発化している中のスタート。何から手を付ければいいのか、焦りばかりが募る。
毎朝、駅に立ってとにかく思いを有権者にぶつけ続ける。人は蔑む眼で目の前を通り過ぎる。「何してんだ?あれ」目線をあわす人もいない。
昼は、雨が降ろうが槍が降ろうが、あいさつ回りの日々。一日、多い日で300件近く回る。何処へ行っても、「誰?」「うちは結構です」怒鳴られるばかりで話が進まない。話が出来ても「若造の癖に」「受かるわけが無いだろ」・・・空虚。空回り?やはり思いは届かないのか?
そんなとき、同級生の友人が川西市でトップ当選を果たす。「京都だけがその流れに取り残されてはいけない。あきらめたら終い。しゃあないゆうてたら始まらんやん。」それだけが、自分のモチベーションだった。
