【京都市左京区市議会議員】京都党代表-村山祥栄のブログ-つぶや記

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October

22

2019

即位の礼は東京開催は正解なのか?京都に戻すべき?!

天皇陛下のご即位、心よりお祝い申し上げます。
天皇皇后両陛下位の益々の御清祥と令和の御代の末永き弥栄をお祈り申し上げます。

さて、本日無事即位正殿の儀を厳粛な中執り行われたわけですが、私はかつて京都での即位の礼の開催を模索した者として少し事実関係を申し添えておきたい。
実は、即位礼が東京で実施されるようになったのは、ほん30年前からでそれまでは京都御所紫宸殿で執り行われていた。
平成の大礼を迎えるにあたり、宮内庁では大礼委員を組織し、その中で宮中で祭祀を取り仕切る掌典職から東京開催を疑問視する声が根強くあった。ただ、実質的な指揮は宮内庁の官僚が取り仕切り、東京開催を押し切られたというのが真実だ。

旧皇室典範には京都実施が明記?
そもそも、京都で実施すべきという理由には根拠がある。
まず、旧皇室典範は戦後廃止されたが、それには即位礼・大嘗祭は京都でやるとわざわざ場所が明記されている。これは明治天皇自らがお決めになったことだ。明治天皇が京都が荒廃する姿を見て大層お嘆きになり、京都御所を保全され、ご自身の御陵を桃山にお決めになったことは有名な話だが、同じく、京都で即位礼をすることも明治天皇の強い思し召しだったと言われている。
当時、平成の大礼の委員を拝命されていた掌典補の三木善明氏は語る。
「明治天皇はとりわけ近代日本の元をおつくりになったということもありますが、こんな言葉があります。「綸言(りんげん)汗のごとし」一度体から出た汗は戻らないという意味です。特に尊い方が仰ったことはそうそう崩せないということです。陛下からすれば曽祖父である明治天皇がお決めになったことをそんな簡単に覆していいのかということです。」
御祖先である天皇のお気持ちを尊重すべきだというのは皇室の一貫した考え方だ。

東京開催の本質はコスト問題だった?
にもかかわらず、東京実施に決まった理由は三つある。ひとつは「警備に責任を持てない」といった警察。当時の京都では警備に問題があったということ。二つ目は、宿泊施設が確保しきれないという点、三つめはコストの問題だった。とにかく、東京の方が安くつくというのが決め手だったようだ。
しかし、今となっては、警察力は飛躍的にこの30年で向上し、幸い京都の宿泊環境は大幅に改善された。コストの問題だけは一定課題が残るが、規模を調整すれば可能だった。
そもそも、規模については時代背景によってこれまでも大小あったわけで、規模の縮小は十分検討の余地もある。即位礼は紫宸殿で、大嘗祭は仙洞御所の中に大嘗宮を造営し、そこで行えばいいのではないだろうか。
特に大嘗祭というのは陛下と神々との対話であり、静かに荘厳に行われ、多くの方々に見て頂くような儀式ではない。だからこそ高松宮殿下のように祭祀に非常に精通された方は、大嘗宮など作らず、普段の神嘉殿(新嘗祭など行う神殿)で粛々と行えばいいと仰っている。規模の問題やコストの問題はなく、式典の意味、意義が重要なのだろう。

とにかく、そういった事実と歴史背景を知っておいて頂きたいと思う。
そして願わくば、再び京都で即位礼が行われる日を願ってやまない。